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ナイトライド・ストーリー

Chapter 6

私は、今まで私生活に関しては、あまり記述していないが、ベンチャー企業の経営者の私生活というのは、これから起業しようという皆さんにとって、事業の話しと同様に興味深いと思われるし、たとえば家庭に対する考え方は事業にも密接に絡んでくる。

よく、友人から「おまえは1人だから好きなことが出来ていいなあ」と言われるが、そうではない。私だって休日は家族を連れてハイキングに行きたいし、たまには子供とキャッチボールをしたり、一緒に宿題を考えるような生活に憧れている。ただ、それらを我慢して事業に意識を集中しているだけなのだ。ちなみに、私は、この事業に成功したら、幸せな家庭を築きたいと思っている。

さて、皆さんが一番関心のあるのが、私の報酬だろう。従業員ではないので、給料ではなく役員報酬だが、社長の報酬は、決め方が難しい。私は、アップル社のスティーブ=ジョブズを真似て報酬1円(ドル?)にしたかったが、既に成功してキャピタルゲインのある起業家と違い、虎の子を出資金として目いっぱい出してしまったので、手元にお金がなく、格好悪いが生活費だけは面倒みてもらおうということで、最初月30万円でなんとかしようとした。ところが、前年までの所得の関係で、社会保険費用と税金だけでも大変な金額になり、家賃を払ったらおしまいという状況で、とてもやって行けない。生命保険も解約したが、それでも足りない。そこで月50万円年俸600万円にした。実質手取りは月36万円程度である。ボーナスがないからボーナス月の支払いが、かなり厳しいが、なんとかなる。この数字を聞いて大部分の人は、「そんなに安いの」と思うだろう。しかし、1人の能力でこれだけ稼ごうとすると大変である。よっぽどの特技か資格がなければ、まず無理だろう。当社のエンジニアは、30歳前後で私よりかなりいい給料を取っているのが何人かいる。更に、新規にCFOとして役員クラスの人を外部からヘッドハンティングしようとしているが、その年収は、1000万円以上じゃないと、まず見つからない。

じゃ、なぜ、社長の報酬はこんなに安いのか。有り金を全部出資し、こんな僅かな報酬で、何が楽しいのかと思われるが、その理由は、目的が事業そのものだからである。事業を成功させるのが目的なのである。金が目的の人はやめた方がいい。金のためにやっても成功の見込みはないし、成功しても大して金持ちにはなれないのだから。夢を打ち砕くようなことを書いて申し訳ないが、これが現実である。これは、私が今までの様々な失敗経験から学んだことであり、インターネットバブルで失敗した若い経営者に欠けていたのは、この点だと思う。これは、よほど苦労した経験がないと、自分を律して報酬を低くはできない。これは、何も報酬に限ったことではない。日々の支出すべてに厳しいコスト管理が要求される。ちなみに、当社は鉛筆1本まで、相見積もりを取って値引き交渉をする。ケチと言われるのは癪だが、後で金に困る苦労を考えたらなんてことない。

また、接待費は、どうしても必要な時以外は一切認めない。必要な時も大体私が自腹で接待している。従って社内の会議、役員会の後の会食、社員の慰労などは、当然私の自腹である。

さて、私の生活振りが大体わかってきたと思うが、住まいは、徳島市内の2LDK賃貸マンション、家賃8万3000円。ちなみに、住宅金融公庫などからの借金は、まだ3000万円程残っていて、毎月10万円ボーナス時30万円返済している。従って、両方併せると住居費だけでも月20万円以上の支出がある。となると生活費がぎりぎりなのが、ご想像いただけると思う。

食事は、朝は、パン1枚にバターと牛乳だけ、昼と夜は、ほぼ外食。昼食は、昨年は、近くに安いうどん屋があったので230円と安く上げていたが、鳴門に引っ越してきてからは、700円くらいの定食になった。これは、鳴門は食べるものがおいしいので、ついつい食べてしまうという理由による。よく食べるのは、刺身定食、うどん、ラーメン、オムライスなど。夜は、会社からの帰りに、徳島市内で700円くらいの定食を食べる。また、土曜日などに、カレーライス、シチューなど、煮込み系料理を作ることが多いので、その残りを電子レンジでチンして食べることもある。大体1回作ると3回は食べられる。こんな食生活だから今時の学生より粗食だと思う。当然、酒も飲みに行けない。たまに友人が誘ってくれると遠慮なく奢ってもらう。

洗濯は、週1回大抵土曜日の朝、未だに2層式洗濯機なので、手間がかかる上、量も少しずつしかできないので、2回に分けて洗濯する。

趣味としては、スポーツ万能なので、スキー非公認1級、ウインドサーフィン、テニスその他色々やってきたが、徳島に来てからはほとんどやっていない。付き合いのゴルフも、この会社を設立してからは、打ちっぱなしも含めて1度も行っていない。これは、表向きは、「会社が成功するまでやめています」だが、本当は、やるお金がない。

ということで今の唯一の趣味は、ドライブである。私は、車が好きで、車は、94年式オペルのクーペ(カリブラ)だが、大事に乗っているので古さを感じさせない。左ハンドル6速ミッションで、足回りを改造してあるので高速走行では安心して飛ばせる。鳴門スカイラインが近いこともあり、よく行っている。鳴門本社から展望台で折り返す往復約15キロのコースを約15分。その時に聞く音楽は、ロックである。よくクラシックを聞いていそうだと言われるが、とんでもない。それもかなりハードなもの、レッド・ツェッペリン、ディープ・パーパル等60年代のハードロックがお気に入りである。特に中学校の頃から大好きなクイーンの初期の頃の海賊版のライブ(シートキッカーズ)を聞きながら飛ばすと気分は最高である。「ライアー」(曲名)のイントロを聴くと思わず右足に力が入る。

休みは、基本的にはない。土日、祝日も会社に出る。

さて、こうして書くと、本当にこれから起業しようと思っている人には申し訳ないが、あまり楽しそうでない。それも、ここまでしても成功の保証など、どこにもない。それでも、私は、今回は大変恵まれた環境である。資金的にも多くの人々に支えられ、行き詰まった時にも親身に相談にのってくれる先輩方が大勢いる。私が10年前起業した時は、お金も何のコネなかった。だから、今回は、その経験から事前に周到に準備して同じ轍を踏まないようにした。起業の鍵は、人脈である。ただ、10年前に挫折した時は、まさかもう一度起業のチャンスが巡って来るとは夢にも思っていなかった。楽で、ある程度豊かに暮らしたいと望むなら、サラリーマンを選ぶべきで、起業家は、日々粗食といえどもご飯が食べられることを感謝できるくらいでなければならない。

日本は税制にもよるが、たとえ一時的に大金を手にしても、そんなお金はアッと言う間になくなってしまう。それも本当に無意味なことに浪費してしまって、何の豊かさも実感できないうちにである。贅沢しようなんて思ってはいけない。この心境を理解するためには、真面目一本ではいけない。ある程度遊んで、その楽しさと虚しさを知らないとこの境地には到達できないかもしれない。大体において、歳をとって仙人のように欲の無い人は、若い頃極道と言われる程、遊んできた人が多い。ある程度遊びが解るともう遊びはいいという心境になるものである。それに、事業からは、どんな遊びからも得られない興奮と快感を得られる。この快感を苦痛と感じるようでは成功は覚束ない。取引先は、確保できるか、出荷する製品の品質、性能は大丈夫か、代金の回収は大丈夫か、従業員は、真面目に働いているかなど、心配の種は尽きない。

サラリーマンだった人が、いきなり起業すると、間違いなくパニックになる。サラリーマンとは歌にある通り、それ程「気楽な稼業」なのだ。起業家には、繊細かつ強靭な神経が要求される。人一倍相手を思いやり、常に周りに気を配り、尚且つ、いざという時には何事にも動じない図太さが必要である。これは素質と訓練である。もともと素質のない人もいるので、よく周りと相談して決断した方がいい。訓練とは、もう実際に起業してみるしかない。スポーツ同様体で覚える以外方法はない。多分、最初は、寝れない夜が続く。常に緊張状態が続き、やつれて、もう体力、気力の限界という状況が続いて、開き直るのである。最初は、緊張を紛らわすため、酒に溺れたり、遊びに走ったりするかもしれない。しかし、そんなことではどうしようもないことがわかって、追い詰められて行くうちに、そのような状況が普通になる。

なぜ、そんな辛い思いをして起業なんかするのか?その答えは、分かり易く言うと山登りと同じ理屈である。大変な困難を乗り越えて頂上に立つから楽しいのだ。目標は、達成が困難であればあるほど、人々を燃えさせるのである。不謹慎と怒られるかもしれないが、私は、ビジネスはゲームだと思っている。いかに、他の人と違ったやり方で他の人がなし得なかったことをやり遂げるか。“世界最先端の化合物半導体デバイスの製造による短期株式公開とその頂点を目指す”という荒唐無稽にさえ聞こえる目標をなんとしてでも成功させる。それは、難しそうであればあるほど、私を燃えさせるのである。

勘違いがあるといけないので敢えて説明すると、私が、早期の公開にこだわっているのは、ただ単にゲームとして楽しんでいるということではなく、当然その必要性があるからである。それは、特許問題で新規参入が難しい日本ではなく、世界、特に台湾、米国でこの分野への新規参入が急激に進んでいるからである。彼らに先を越される前に手を打たなければ手遅れになる。この思いが、早期の公開にこだわっている理由である。

また、半導体分野のように設備投資がかさむ事業にこそ、公開資金を注ぎ込むべきだ。昨年まで続いたインターネットブームでショッピングモールを運営する企業が、株式公開で得た莫大な資金を運用する先がなくて問題になったが、我々は、たとえ1000億円調達したとしても、使い道に困ることはない。むしろ、有効な投資が行える。公開企業は、これら調達資金を有効に回転させる義務がある。これらの資金は、もともと銀行からの融資資金と違って、高い利回りで運用することを義務付けられた資金である。だから、積極的に利益率の高い事業に投資しなければならない。インターネットがブームに終わってしまったのは、そこに注ぎ込まれた莫大な資金が、期待に反して利益を生み出さなかったからである。

当社で言えば、工場建設、クリーンルーム、製造装置、付帯設備、原料費、人件費と、周辺分野に経済効果が波及し、そこで生み出される高付加価値の製品が大きな利益となって還元され、その資金が再投資され、雪だるま式に回転して行く。インターネット企業でも、その資金で実体のある会社を買収したところはかろうじて生き残っている。ただ、これでは、話がちぐはぐである。インターネットが古い流通システムを根底から覆すはずなのに、その非効率な企業を買収して高い収益を達成できるだろうか。

まず、我々が今やるべきことは、前年度に調達した資金を回転させることである。すなわち、新工場のMOCVDを予定通り稼動させること。そのために、私は毎日のように従業員、取引先、その他関係者の尻を叩き続けている。彼らも、私が無理を言っている事情がよくわかっているので、決して文句をいわない。

この3月から、新工場のオペレータとして新卒3名、中途採用3名を採用して、MOCVDの操作訓練をして来た。そして、5月からMOCVDを実際に操作してウエハの製造を行っている。このマシンは、古いものなので再現性が取りにくいのが難点である。操作はマニュアルで、オペレータがバルブの切り替えスイッチを押す。今年入社したオペレータは、もうほぼ一人前である。通常の会社なら、まだ装置を触らせてもらえないはずだが、うちは、彼らに頼るしかない。既に操作ミスで何回か装置を壊したが、これも勉強である。これからももっと失敗させて早く一人前に育てたいと思っている。

私は、このような操作ミスでマシンを壊したという報告を受けても、ほとんど怒らない。なぜなら、起きてしまったことを怒ってもしょうがないからである。ただ、従業員の怠慢と嘘に関しては絶対許さない。従業員を叱る時は、もの凄い勢いで叱るのだが、これは、本気で怒っているからである。私は、何か問題が起った時、できるだけ辛抱して、相手を理解しようと努力する。しかし、その原因が単なる怠慢であったり、どうしても自分で納得がいかない時には、貯めた怒りが一気に爆発してしまう。私は、一生懸命やってだめだったことを、責めたことは一度もない。怠慢や嘘といったことは性格的に絶対許せないのだ。私は、男ばかりの兄弟なので言葉使いが荒く、声は通る方なので、自覚はないが、怒ると滅茶苦茶迫力があるらしい。

私は、常日頃、挨拶、電話の応対、書類の整理整頓、宛名書き、切手の貼り方など、細かいところから「ホウ(報告)・レン(連絡)・ソウ(相談)」などの基本を徹底している。こういう基本がちゃんとできない会社が、立派な仕事ができる筈がない。口うるさいと思われても、言って直させる。何事も基本が重要なのは、スポーツも仕事も一緒である。また、事務所、クリーンルームは、徹底して毎朝掃除をさせる。これは、武道で、道場を自分達で雑巾がけするのと同じである。仕事場は我々の道場である。

今時の若者は、親、先生からあまり細かいことを言われないで育ってきている。本来家庭、学校で躾られるべきことを、社会人になってから学ぶ。これは社会全体が甘えた構図になっているのだと思う。親、先生は子供に対して言うべきことも言わないが、子供は、親、先生に対しても平気で逆らう。これは、家庭、学校における上下関係が明確になっていないからだと思う。家庭、学校に限らず、今や企業においてさえ、上司が部下を叱らなくなっている。これは、部下に余計なことを言って嫌われたくないという発想によるらしい。私は、会社内においてはボスとして絶対的な権力を持って彼らと接する。彼らが、私に逆らうことはできない。これは、ワンマンだということではない。そのかわりに彼らの意見をよく聞き、尊重する。また、彼らのやり方に、口を差し挟まないよう心がけている。自分達で考えてやったことは、人に言われてやることより、数倍身に付くからである。私がうるさく言うのは、ビジネスの基本に関してである。基本ができればその応用は彼らの好きにやってもらう。

最近のコンピュータソフトの会社には、服装もラフ、勤務時間もフレックスなどと言う緩い会社が多いが、朝遅く来て、夜遅くまでダラダラやると、なんか仕事したような気分になる。これは非効率なやり方だと思う。どう考えても、朝早く来て、終る時間もきっちりして時間内に終らせる努力をした方が、仕事の能率は上がると思う。年俸社員は、基本的には、報酬に見合った結果を出していれば好きなだけ休んでよいが、まだ、結果が出ていないので休みはない。オペレータも、土日出勤、夜勤は当たり前。事務系のスタッフでさえ、私が朝7時30分には来ているので、皆8時までには来ている。こんなことで、皆から不満は出ないのかと思われるが、目的が明確なので、今まで一度も不満が出たことは無い。むしろ、やりがいを感じて楽しんでいるようだ。

こうして書いてくると、起業家には、私生活から仕事のすべてに亘って厳しさが要求されることがわかる。ただ、これは絶対的なものではなく、わたしが様々な失敗も含めた経験を通じて学んだことを、自分の美学に照らし合わせて、このように実践しているだけであり、正しいかどうかはわからない。成功への道のりは一つではないので、それぞれの価値観に基づいた自分だけの美学を追求すればよいのではないだろうか。

平成13年6月吉日(以上)

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