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ナイトライド・ストーリー

Chapter 8

前回は、窓拭きをしているところで終ったが、あれから既に8ヶ月以上が経過した。現在、掃除は、毎朝、従業員が自主的にやってくれている。窓拭きだけでなく、便器拭きまで、取締役、部長を始め、従業員全員がやってくれている。ビジネスの基本は、掃除にありと言っても言い過ぎではないだろう。掃除は、毎日しないと意味がない。合理的に考えれば、どうせ汚れるのだから、無駄ではないかとも思えるが、この無駄を敢えてする姿勢が重要なのである。この単調で無駄と思われることを繰り返しやり続けるというのが通常のビジネスにも共通することなのである。窓拭き一つにしても、曇りひとつない状態に保つのは大変である。汚れた雑巾を使えば、逆に汚れてしまう。きれいな水で洗って、よく搾って、雑巾が汚れたら洗い直すといった単調な作業の繰り返しである。

それにしても、彼らの生真面目さには驚かされる。トイレに四つん這いになって床や便器を拭いているのだ。私は、その姿を見て、日本の若者が働かなくなったと嘆く輩を、情けなく思った。そんなことをわかったような口振りで言う輩こそが、日本を堕落させているのだ。日本人の遺伝子の中には、その勤勉さがきっちり刻み込まれている。中国の若者は、確かに日本人が失ってしまったハングリーさを持っている。しかし、日本人の根本にあるのは、慾を超越した崇高な精神である。私は、慾を否定するつもりはない。人々を駆り立てる大きな力を持っているし、自分自身も、人並み外れた慾を持っている。しかし、慾には、それと同じぐらいのマイナスの力が発生する。従って、見返りを求めない崇高な精神こそが、究極の力を生む。

このような状態だから、当社の技術開発も驚くべき成果を出しつつある。昨年4月に発表した紫外線LED NS370シリーズは、波長が、370nmと製品化されているLEDとしては世界で最も短い。紙幣認識装置、樹脂硬化用光源、空気清浄機用光源、白色光源、医療、バイオなど、様々な分野に応用できる可能性があるということで、国内外へサンプル出荷が順調に進んでいる。この370シリーズの出力が、発表当初1mW以下だったものが、現在、2倍以上向上した。更に、新しい製品ラインナップとして更に波長の短いNS365シリーズが、昨年末に加わることになった。NS365シリーズは、先のNS370シリーズより波長が5nm短く、紫外線ランプの波長とほぼ同じである。高々5nmの違いだが、このあたりの1nmには大変高い壁があり、縮めるのは至難の業である。1nm波長が短くなるだけで、大きく出力がダウンしてしまう。それを、当社のエンジニアは、非常に短期間のうちに5nmも波長を短くしたにも関わらず、出力は370と同等レベルのものを作ってしまった。これは、「お掃除効果」と呼んでもいいかもしれない。彼らの驚くべき生真面目さが、この奇跡を成し遂げつつある。

NS365は、NS370と波長では高々5nmしか変わらないが、この5nmの違いがアプリケーションにおいても大きな違いを生む。具体的には、たとえば、現在、半導体の製造工程その他工業用途に幅広く使用されている紫外線硬化樹脂は、波長365nmの光で最も効率的に硬化するようできている。従って、たった5nmしか違わない紫外線が、実際に照射すると全く硬化速度が違ってくるのである。これは、一般的に使用されている紫外線ランプの波長が365nmなので、樹脂が、この波長の光に最も効率的に反応するように調整されているからである。紫外線ランプは、わかり易く言うと、ブラックライトである。ディスコなどの暗いところで、演出照明として使用され、特殊なインクを塗った部分が、様々な色で光る。これは家庭で使用する蛍光灯の白い粉の塗ってないものと同じようなもので、白い粉は蛍光体と言ってそれぞれが、赤、緑、青に光り、その3種類の粉を混ぜてその掛け合わせで白色光を作り出している。光は、ご存知の通り、赤、緑、青の光の3原色からなっていて、この3色の掛け合わせで、どんな色も作り出せる。皆さんが見ているテレビのブラウン管はこの原理を利用している。3色全てを掛け合わせると白色になるのである。従って、同じ様に見える白だが、赤みがかった白、青みがかった白など、微妙に色が変わって来る。察しのいい皆さんはもうお気付きだと思うが、当社の紫外線LEDも、この蛍光灯と同じ原理を利用して、あらゆる色を作り出すことができる。蛍光灯は、大変効率が良く、値段も安いことから、一般家庭に幅広く普及している。それと同様に、工業分野では、紫外線ランプが幅広く使用されている。半導体のレジスト膜の硬化、印刷用インクの乾燥その他、大変広い分野で使用されている。

それでは、効率の良い紫外線LEDは、紫外線ランプの市場をすべて取り込むことができるのか。

現状において答えはノーである。紫外線ランプは、広い面積を照射することに適しているが、紫外線LEDは発光部が350µmと非常に小さいので、小さい部位に照射することに向いている。たとえば、医療分野で体内に挿入、埋め込むといった特殊な使い方をする場合とか、広い面積ではなく、部分的に照射したい場合に効果的である。特徴としては、コンパクト、構造が簡単、消費電力が少ない、待機時間が不要、水銀を使用しないことなどがあげられる。特に水銀は、地球環境に良くないので、自動車では既に使用が禁止されつつあり、今後家庭用でも使用が認められなくなる。ということで、ただ単に安いからということで、紫外線ランプを使用することはできなくなりつつある。まだまだ、解決しなければならない問題はたくさんあるが、将来的には、紫外線LEDを使用したマイクロディスプレーを始め、家庭用照明まで、幅広い応用が期待される。特に、白色照明に関しては、現在様々なアプローチがなされている。

政府が取り組む「21世紀のあかりプロジェクト」では、395nm近辺の紫色LEDにRGB(赤、緑、青の3色の蛍光体を組み合わせる)蛍光体を使って照明へのアプローチを行っている。また、現在の携帯電話のバックライトに使用される白色は、470nmの青色LEDにYAG蛍光体(黄色)の組み合わせで擬似白色としている。擬似と書いたのは、青色と黄色を掛け合わせると赤みがないので、青白い光になるからである。だから、携帯電話のディスプレーは青白い。これは、液晶の赤色も引き出せないので美しいフルカラー液晶にすることが難しい。その意味では、395プラスRGB蛍光体の方が有利なのだが、395nmの紫外線では、蛍光体を十分励起できず、特に赤色の蛍光体の励起効率が低いのと、LED自体が発する紫色成分が、白色の邪魔をして色を一定に調整することが難しい。

それでは、当社の365nmは、どうかと言うと、RGB蛍光体の励起効率は数倍良くなる。じゃあ、数倍明るくなるのかというと、理屈としては、その通りである。但し、現状では、LED自体の発光効率低いので、まだ、暗い。但し、我々には、LEDの発光効率を高める余地が残っていることが、前2者と大きく異なる。現在の計画では、2005年までに、LEDの発光効率を現在の約4倍の10mWまで高め、高効率の白色照明を実現するつもりである。このように、将来性の高い、世界中のどこもできなかった技術が、たった20名足らずのベンチャー企業で、それも3年も経たないうちに、開発できたのは、本当に奇跡である。これは、徳島大学の酒井教授の存在があったからであることは、今更、言うまでもないが、何か、狐に化かされているような感覚である。人間の潜在能力というものは無限なのだと改めて実感する。正に、「ならぬは、人のなさぬなりけり」である。ただ、これには運命の悪戯というか、偶然も重なった。Chapter7でも書いた通り、青色LEDの台湾、韓国企業での製造が一般化し、価格が大幅に下落したことで、我々が青色LEDウエハを供給して日銭を稼ぐというビジネスプランが脆くも崩れ去った。これによって、我々は、市場があるかどうかの保証もない紫外線LEDの開発と製品化を急がざるを得なくなった。正に背水の陣で望んだことが、社内の団結を強め、奇跡を起した。そして、紫外線LEDの開発成功の事実に多くの国内外企業の新製品開発担当部署が関心を示した。実は、我々も、これほどの潜在マーケットがあるとは予想していなかった。

我々が、青色LEDを撤退した時点で、残されていた選択肢は、紫外線以外に大きく2つあった。一つは、青紫色レーザー。もう一つは超高周波デバイス。レーザーに関しては、徳島大学において既に開発に成功していたが、大手企業各社が既に手掛けているので、今更我々の出る幕はなかった。一方、超高周波デバイスは、逆に手掛けたばかりなので、まだ当分時間がかかる上、市場も、未知数であった。となると、実は、紫外線LEDという選択肢しか残されていなかったというのが真相である。それしか選びようがなかったという選択肢がビンゴだった。これは、まさに私が、このストーリの書き出しで書いた、マクガイヤの70号ホームランを外野席で手にした観客と同じなのである。たまたま、野球を見に野球場へ足を運んで、そこでマクガイヤの打った打球がこっちを目がけて飛んで来ただけだ。ただ、運命とは、偶然の顔をした必然なのである。野球を外野席で見なければホームランは飛んで来ない。打者の顔さえ肉眼では判別できない退屈な席で見なければならない。成功、不成功の鍵は、そんな単純なことで決まっている。他人より、少し我慢できれば、あなたも成功できると断言する。

さて、私自信は、毎朝、皆が掃除をしてくれて、余裕ができたので、ジョギングをすることにした。工場は、見晴らしのいい高台にあるので、坂道を下って、橋を渡ると、内海があって、今の季節はワカメの養殖をしているが、内海に面して大規模な公園が整備されつつあり、毎日、その出来上がって行く様子を観察している。往復で5キロぐらいあるが、気持ちいいので、苦にならない。この約3年間を振り返り、私自身多くのことを学んだ。会社は、チームであり、彼らが本気にならなければゴールにシュートは決められない。彼らに対して色々と言いたいことはあるが、私がいちいちそれを口にすることは逆効果である。私の言いたいことの1割でも伝えれば十分なのだ。更に、その伝えた内容の1割が実行されれば良い。すなわち、言いたいことのうち、実行されるのはたった1%ということである。実際、言ったことによって必ずしも正しい結論が導き出されるとは限らない。ビジネスは、すべてのことが不確実なのだから、何の根拠もないことが、結果として正解となることもあり得るのである。むしろ、そこに論理的解釈を持ち込もうとすれば失敗する。私が、一々こうしろと言って失敗するより、彼らが自分で判断して、成功、或いは失敗した方がためになる。だから、私はジョギングしながら、言いたいことを頭の中で考え、そこでストレスを発散するのである。帰りは、昇り道になるので、帰ってくると、程良い疲労感で、言いたいことを言いたい衝動は治まっている。

幸い、この6ヶ月間で、人材の層も厚くなり、自ら起業経験もある営業部長と、大手電気メーカーから製造部長を迎えることができた。さすがに、両者とも大企業出身者であり、組織としての管理能力は高い。私に最も欠けている部分を、彼らが見事に補ってくれた。具体的には、品質管理、生産管理、製造管理、その他安全面、人の管理も含めて管理する体制が整い、仕事も効率的になった。取締役会の資料なども、驚くほど高度に整理されて出てくる。私は、もともと企画屋であるにも関わらず、企画書を作ることにうんざりしている。もっともらしい企画は、人を説得する材料にはなるが、自分にとっては気休めにも何の役にも立たないからだ。そんなものを、私が今さら大真面目に作るつもりはない。あくまでも、予測不可能なビジネスを実践して、結果を出していくことが、私に課せられた使命なのだから。投資家も、もっともらしい言い訳なんか聞きたくないだろう。

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