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ナイトライド・ストーリー

Chapter 174

父が享年91で亡くなった。コロナとは関係なく、出棺前まで対面できた。8年前に母が亡くなる前に倒れた時に記憶を失い、8年間を高齢者施設で過ごした。昭和5年生まれ。出身は、富山県の黒部立山連峰の麓。大きなお屋敷で、村で疫病が流行した時、病人達を介護して、その功績を称えて村本家の大きな石碑が建っていた。今なお石碑が存在するかは定かではないが、生家はもう存在しない。俳優でも通用しそうな端正な顔つきで、頭もよく、東北帝国大学法学部を卒業して司法試験に合格、名古屋で開業弁護士として活躍した。読書が好きで、本ばかり読んでいた。経済学者J.K.ガルブレイス等の原文のハードカバーを買ってきて、英和辞書を片手に読んだ。父は、弁護士から想像される堅苦しい感じではなく、発想が柔軟で、何かを相談すると杓子定規なことを言わなかった。例えば、「会社の税金を適正に申告しなかったらどうなる?」と聞くと「知り合いの○○社長は、監査法人に金を払うより、税務監査が入って追徴課税を払った方が安いと言っとる」といった感じ。実際には、監査法人に監査してもらって税金を納めるのだが、その程度の感覚でいいのだなと気が楽になった。組織で活躍するタイプではなく、一匹狼として自由奔放に能力を発揮できるという意味で、弁護士は性に合っていた。離婚訴訟のように、目〇と鼻〇いった事件には興味がない様子で、企業の顧問弁護士として、興味が沸く事件を選り好みして引き受けた。恰好に拘らない男らしい人で、母がそこは補っていたが、街中の事務所には、足の踏み場もない程、本が積み上げられ、常連さん達(顧問会社の社長、役員さん達)は、気にしていない様子だったが、初めて相談に来た依頼人は驚いただろう。相手を見下すようなことはしない正義の人だが、正直過ぎる物言いで、敵を作ったかもしれない。ただ、そんな人と理解すれば、話に引き釣り込まれて、ファンになった。父は、事業に関心があったので、私が、起業した時に、喜んでいたと聞いた。また、70年代、あるオーディオメーカーの破産管財人を引受けた時は、その会社の製品を家に持ち帰って、当時は珍しかった8トラックのカセットテープ式カーオーディオを車に取り付けて旅行の時にベンチャーズのエレキ音楽を楽しんだ。新しい物好きは、カメラ、車、オーディオと幅広く、車はいすゞ、オーディオはSONYと、他には目もくれない。趣味人でもあり、ラジコン飛行機を作っては、墜とし、野球、スキー、ゴルフ、山歩きを楽しみ、ピアノも弾いた。

母亡き後、施設の生活では、健康管理、栄養管理が完璧。記憶がないことが幸いだったか、好き嫌いせずに食べたお陰で長生きした。お見舞いに行っても、私の顔さえわからないので、私の中では、父は、母と一緒に亡くなったと感じていた。医療技術の進歩もあって、寿命は延びる一方だが、医療費も天井知らず。若者への大きなツケで延命すべきとは思えない。コロナを契機に、命の選別の議論がもっと活発に行われるべきと思う。選別けしからんではなく、余命、社会的地位、財力、その他どのような尺度で判断するのか?といった生々しい議論をしておく必要性を感じる。ルールを明確にしておけば、納得はしなくても、諦めはつく。

今頃、馬鹿息子どもと縁が切れて清々したと言っているだろうが、天敵の母と対面している(笑)

オゾン等の有害物質を放出せず、父を様々なウイルスから守ったAH1

オゾン等の有害物質を放出せず、父を様々なウイルスから守ったAH1

令和3年9月27日

父逝く

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