Chapter 24
最近、新興株式市場が低迷しているようだが、その原因は一体何か?それは、プレーヤーの選考方法が、あまりにも杓子定規で、個性のある企業を排除しているからではないだろうか。大学も、少子化の厳しい競争の中、特殊な才能を持った学生を通常の試験方法ではなく、特別枠を設けて選考している。
ところが、どの新興市場も、同じような審査基準で、優等生ばかりを上場させ、個性的な会社を上場させなかった。それは結局株主保護という観点からも有効とは言えず、相変わらず、粉飾決算と業績の悪化で退場する企業が出ている。この現状を変えるには、もっと柔軟な発想が必要なのではないだろうか。
すなわち、会社の業績は株式市場とは関係ない。急成長するところも衰退するところもある。それは企業の努力と必ずしも結びつかない。また、どんなに監査を厳しくしても粉飾する企業は出てくる。これは、資質の問題であり、やる奴はやる。
従って、それを前提にした市場運営にした方がよいということではないか。プロレスでも悪役が凶器を持って登場するから盛り上がり、悪役が正義の味方にコテンパンにやっつけられることで更に盛り上がる。そこで、上場の門戸を広げて、毎年、沢山の企業が上場するとともに、同数の企業が退場する新陳代謝の活発なマーケットにし、悪役が混じった場合は、厳罰を科すことにしてはどうか。粉飾した経営者が相変わらず巨万の富を持ち、塀の外を大手を振って歩いているから腹が立つのだ。
一般的に、債務超過と言えば、悪の権化のように扱われるが、債務超過で何年も存続している会社はいくらでもある。そして債務超過の企業でも使い道はある。
たとえば、ある会社は、債務超過だが優れた技術と特許を豊富に持っているとする。(ちなみに、当社のことではないので悪しからず)ある会社を経営する投資家は、業績好調でその年に大きな利益が出て、その一部を将来に備えて蓄えておきたいと考えている。この場合、現在の税制では、半分は税金になる。会社経営には波があるので、数年は今の好況が続いても5年後、10年後は、予測できない。経営者としては、税金を納めるより、将来の蓄えにとっておきたいのが心情だ。
この場合、債務超過の会社の株を取得すれば、投資有価証券の価値はゼロになって、税金はかからない。当然、その会社は倒産する可能性があるので、リスクは大きいが、その債務超過の会社がその技術と特許を生かして急成長して上場するということになれば、その売却資金が、その後の不況で経営が悪化した自らの会社のピンチを救うかもしれない。
こんな企業の株が取引されるマーケットは、ビデオレンタル店の隅っこのアダルトコーナーのようなものだ。人目を忍んでコソコソ物色して店員と目が合わないように借りる、あの感覚だ。株式市場においても、そういう品揃えが必要ではないだろうか。全てが真面目な青春映画では飽きる。スリラー、アクション、恋愛といったようにカテゴリーを充実することによって活性化される。
分かりやすくするために極端な例を挙げたが、一般投資家の中には、さまざまな要望があるはずだ。デイトレーダーのようにセコセコ売り買いして儲ける需要ばかりではないと思う。このように考えれば、決算の悪化が、必ずしも悪いことではないように思えるので、粉飾決算が減るかもしれない。
更には、もっと長期的視野に立って日本経済の将来を見据えた産業構造にするための株式市場のあり方を考えるべきではないかと思う。
たとえば、LED産業は、韓国、台湾、中国といったアジア各国では、国策として積極的にこれらに関連する企業を支援、育成している。設備投資、研究開発費をほとんど国が負担し、材料購入等の費用にかかる消費税等も免除されるといった特別扱いがなされる。実際に、韓国、台湾企業が、安い製品を出せる理由はそこにある。また、韓国にはKOPTIという国の研究機関が最先端のLEDに関する研究開発を行っている。米国は、桁違いに膨大な国防予算で、採算の合わない研究も積極的に推進する。ご承知の通り、インターネットも国防総省が60年代後半に核攻撃にも耐えられるように開発した一連の通信網から発展した。
ところが、日本においては、(過去にはあったが)LED産業に携わっていても、そのような恩恵を受けることはない。補助金の申請の仕方によっては、全くない訳ではないが、国が予め予算化して、どんどん使ってくださいという環境ではない。産学連携の推進も遅ればせながらという感じであり、このようなハンディを背負って、我々は、海外の企業と真っ向勝負しなければならない。日本は、国の財政のうち社会保障費が支出全体の4分の1を占める異常な国であり、新規産業育成よりも老人の医療、介護に熱心であり、今後も国には期待できない。
従って、日本の産業競争力は、民間が独自にシステムを構築し、活性化するしかない。
そんな中、この8月からジャスダックでハイテクベンチャー企業向けのマーケットが開設されるという。私は、このマーケットが成功するには、2つの条件が必要と考える。
まず1つ目は、本当に高い技術力と高い将来性のある企業しか上場させないということ。2つ目は、このマーケットは、インターネットでの取引ではなく、証券会社の窓口で、証券会社の社員から目論見書の内容とリスクを十分に説明した上で、長期保有を前提に売買するという条件である。このような運用面での差別化を図らなければ、現在の新興市場と同じになってしまう。
当社は、設立以来、主にVCから調達した約15億円の費用を設備投資と研究開発に投じてきた。そして、世界に先駆けて紫外線発光ダイオードの市場を切り開いた。
しかし、研究開発を一生懸命やればやるほど、財務内容は悪化する、すなわち技術力を高めれば高めるほど、財務体質は悪化するというジレンマに陥っていた。
研究開発し、特許出願をしても、決算書に技術や特許は反映されない。また、上場準備ということで、監査法人に監査を、また、証券会社に上場のためのコンサルティングをお願いし、その指導のもとに内部管理体制の整備のために外部から役員を招聘したため、収益は更に悪化した。
そうこうするうちに、創業間もなく売上がなくても将来性のある企業が上場できるはずの新興市場が不祥事続きで基準が強化され、早く売り上げを作って利益を出すよう要求された。研究開発の受託等で売上を計上し、一日も早く利益を出そうと努力するうちに、我々を指導するはずの監査法人と証券会社が、次々と不祥事を起こすという事態に陥り、不信感を募らせていた。
そもそも、上場するために、管理組織を頭でっかちにして、立派な書類を作らなければ上場させないという指導がおかしい。管理組織をスリムにし、本業に集中することで、更に利益を出すことに尽力しろと、指導すべきであり、それができていれば、監査法人に高い報酬を払う必要はない。ごく稀に泥棒が入るからという理由で、全ての家に警察官の常勤を義務付けているようなものだ。決算とは、本来、外部が監査しなくても、正確に計上しなければ経営できない。
IRに関しても、株主に対して情報を適時に開示できる体制は必要だが、それと不要な管理組織は関係ない。即時にトップが事情説明すれば済むことではないか。前章にて記述した通り、適切な人さえバスに乗せておけば、無駄な管理業務は必要ない。そもそも、警察官が常駐しても、泥棒はそのスキを突いて盗みを働こうとするので、監視自体が無意味だ。
新興市場を創設した当初の崇高なコンセプトと運用実態がかけ離れてしまったことに問題がある。コンセプトがいかに優れていようと、その運用方法を誤ると不幸な結果になる。事件の発端となった不正の内容と、それに伴う基準の見直しが不適切なのだ。
私は、お昼休みに従業員とストリートバスケット(ツーオンツー)で汗を流す。そして、2ヶ月前、小雨が降る中で足を滑らせ、手のつきかたが悪く、運悪く左手小指の靭帯を断裂した。私は、この事故後、お昼のバスケットボールを禁止するという判断をしなかった。なぜなら、従業員が、スポーツで汗を流すことは、チームワークの向上と体力作りになるからだ。それで、私は雨の日のバスケットに限って禁止した。なぜなら、怪我は、スポーツにつきものであり、怪我をすることを考慮してもそれ以上の価値があるから、規制を最小限に留めたのだ。
新興市場で行われた基準強化は、不正を行った場合の罰則を強化すれば済むことを、成長性が見込めても決算の悪い企業の上場を認めない方向でなされた。バスケットで言えば、走るなと決めるようなものだ。歩いてバスケットすれば、怪我はしないが、スピード感がないので面白くない。事実、上場した企業は、ディエヌエーのような例外を除き、ダイナミズムにかける流通、飲食、人材派遣といった、損はしないが利幅の小さい業種、若しくは製造業であっても、ただ組み立てをするだけの特徴のない企業ばかりになった。
結局、これらの企業が成長シナリオを描くには、他社の買収しかなく、連結決算で売上と利益が増えているように見せかけることが行われている。これは、経済全体で見れば、何も新しいものを生み出していない。80年代に経済学者レスター=サローが指摘したゼロサム・ゲームだ。ただ単に株価上昇によって得た価値を株式交換という方法ですり替えているにすぎない。日本が、こんな低次元なことをしている間に、海外では、ハイテクを武器に社会構造を変えるようなベンチャー企業が次々に生まれている。一日も早くプラスサム経済に移行しなければならない。
今、日本の大学では学生の理工系離れが深刻になっている。それは、製造業のエンジニアの年収が金融機関へ就職した人の年収より大幅に少ないからである。確かに、株式市場が好調の時は、額に汗して稼ぐお金と、一瞬の相場で桁違いに稼ぐお金を比較すると、真面目に働く気力を無くす。
しかし、金融市場は、つい20年前に経験した通り一旦縮小し始めると、逆に莫大な損を発生させることを忘れてはいけない。そもそも、実体産業あっての金融ということを忘れてはいけない。自動車、デジタル家電といった外貨を獲得できる国際的プレーヤーがいなくなれば、そもそも金融は成り立たない。
日本という資源のない国が、将来のためになすべきことは、安売りで店舗網を拡張する企業の育成ではなく、外貨を獲得できる最先端技術を持った企業の育成である。幸い、今は、車、デジタル家電等、一握りの製造業は過去の技術の蓄積で潤っている。
しかし、半導体では既に韓国、台湾に追い抜かれ、今後、好調な産業も中国等の脅威にさらされる。そうなった場合に、やはり武器になるのは、ハイテクである。今、金融が好調な時こそ、資金をハイテクの開発に振り向け、次世代を支える産業を育成しなければならない。潰れないが急成長もしない企業への投資が、逆にリスクがあることは学んだ。次は、大きなリスクを取れば大きなリターンが得られるということを証明する番だ。そして、ほとんどの学生が、理工系を志望し、エンジニアを目指すような社会の実現を目指さなければならない。
そのために投資家に求められることは何か?それは、投資家が企業を育てる忍耐力を持つことである。現在のように株を買って、数時間後、遅くとも数日後に売ることで大きな利益や損失が出るという金融市場が正常だろうか。早くても1年、一般的には、数年待つということでなければ、投資の結果は現れない。将来性に期待するベンチャー企業であれば、尚更だろう。証券会社は手数料収入で儲けるので、そんな気長な話には付き合っていられないということかもしれない。とすれば、証券会社も、投資家が儲けた金額の何%かを貰うシステムでなければ、こういう市場は成り立たないかもしれない。
競馬で万馬券を当てる人は、どんな人か?それは馬の好きな人だそうだ。儲けるためではなく、自分が気に入った馬を応援するつもりで買い続けるという。正に夢を買っているのだ。
私は、日本の将来に大いなる危機感を抱いている。今のままで決して良い筈はない。だからこそ、声を大にして訴えている。私は、このような厳しい時期に、敢えてハイテク向けの新興市場を立ち上げたジャスダックの皆さんの勇気に敬意を表する。
この市場から、日本の将来を担う多くのハイテクベンチャー企業が生まれることを期待する。
平成19年5月18日
ジャスダックのハイテク向け新興株式市場誕生を歓迎する