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ナイトライド・ストーリー

Chapter 29

米国大統領選挙の天王山は、「スーパーチューズデー」だが、米国人は、曜日に物事を絡めるのが好きらしい。さて、今年は北京オリンピックと米国大統領選挙(実際には来年1月)、日本では洞爺湖サミットと、従来の常識では好景気になるはずの年だが、株の暴落で新年がスタートした。暴落は、先進国だけではなく、デカップリングと言われたBRICSにも発展している。暴落のきっかけは、サブプライムローンだが、サブプライム問題なくしても暴落は時間の問題だったように思う。確かに与信管理の甘いサブプライムに問題はあるが、元凶は、過剰な資金流入を許した金融政策である。これは政策の失敗なのか、意図的に行われたかはわからない。

アラン=グリーンスパン元FRB議長は1987年の「ブラックマンデー」(1929年はブラックサースデイ)の巧みな金融政策で評価を高めた。彼の在任中の発言は、「根拠なき熱狂」が代表するように、バブルを警戒こそすれ、黙認していた。彼ほどの、知識と経験があれば、その後に起きることも容易に予測できた筈である。好景気が栄遠に続くかどうかは経済学者の栄遠のテーマだが、経済政策的には緩やかな上昇を狙う。それではなぜ、意図に反して急激な上昇になったのか。それは、実態経済とはかけ離れた投資マネーに起因する。

投資マネーは、高い金利等、利益を求めて世界中を駆け巡り、金融商品だけではなく、不動産、原油、金、トウモロコシといった現物取引のマーケットにも浸透している。取引相場は、ギャンブルとなり、経済学者アダム=スミスが「見えざる手」と言ったバランス機能は、(長期的に見れば、結局は働くのだが)短期的には働かない状況になる。相場を張る者がリスクを負う合法的な取引ではあるが、消費する見込みのない者が、膨大にトウモロコシを仕入れるといった歪んだ状況を生む。日本の80年代のバブルも同様に投機マネーが不動産やゴルフ会員権に流れて、その後の日本経済が長期間停滞した。今回も、全く同じ過ちだが、1637年のオランダ、チューリップ球根バブル以降、370年経っても学習効果が見られない。

バブルは、自由主義経済の必然という考え方もあると思うが、不動産や日常生活に欠かせないモノが投機対象となることを、世界的に規制する必要があるのではないか。そもそも、実需の伴わない相場の高騰は長く続かない。値上がりを期待する者が次々と相場に参加するうちは高騰するが、ババ抜きゲームとなって、結局は誰かが大損を被ることになる。うまく売り抜けた者だけが得をし、一般の消費者がそれに振り回される格好になる。

カジノ、競馬、競輪、競艇、パチンコ、宝くじといったギャンブルは、法律で認められた娯楽だが、消費を前提とした現物取引に、ギャンブルを認めると、実態経済に悪影響を及ぼす。嗜好品であれば、高いから買わないという判断が働くが、燃料や食べ物は、そうは行かない。長期的に見れば、省エネ技術の進歩や、代替物でしのぐという道もあるが、たちまち、明日どうするかということになると、買わざるを得ない。


企業の評価にしても、果たして現在のように時価総額の多寡で評価することが正しいだろうか。株が上昇局面にある場合は、含みが膨らみ、逆になると損が膨らむ。企業の決算は、その実態と関係なくマーケットの影響を受ける。特に、近年のように、マネーゲームで株価が乱高下する環境では、企業の実態が把握しにくい。そこで、もっとシンプルに、売上と利益率に加えて研究開発投資もしくは新規事業への投資額。そして、企業が、実際に生み出す製品、サービスによって消費者が得た利益(満足度)の高低で企業を評価したらどうだろう。

そうすることによって、企業が本来進むべき道筋が明確になる。このような評価尺度でよい評価になる企業は、多くの顧客から支持され、業績も良くなり、結果として株主にも利益をもたらす。小泉政権は、「チャレンジ精神」を大事にするという明確な方向性を示したことは評価に値するが、具体策が乏しかった。福田政権には、それを一歩進めて、チャレンジすることを数値化(金銭価値化)し、積極的に評価する仕組みを作って欲しい。たとえば、我々のような創業間もない研究開発型ベンチャー企業は、研究開発費が利益を上回ることが多く、決算は大幅に赤字になり、ゴーイングコンサーン規定によって「継続性に疑義があると」決算書に「駄目」の烙印を押されてしまう。実際には、研究開発費は、高く飛ぶためにかがみ込むような行為であり、高跳びの選手に、かがまずに高く飛べという指示は、滅茶苦茶だろう。だから、研究開発費を「資産」もしくは「想定?資産」として計上することを認めてはどうか。我々の企業で言えば、設立以来投資した10億円以上の研究開発費がすべて資産評価になる。少なくとも特許申請費用等、知的財産権を資産計上してもよいと思う。

80年代のバブル崩壊で、マネーゲームではなく、勤勉に働くことの大切さを認識した筈だが、昨今、その意識が薄れているように感じる。ここで、再度、勤勉に働く風土を日本全体で醸成していく必要がある。研究開発や新規事業とは先の見えないトンネルを掘るのと同様に、気の滅入る、誰も率先してやりたくない作業である。そういうことに積極的にチャレンジし、成功したら、ヒーロー。たとえ、失敗しても拍手を送るような環境を作らなければ、リスクを負ってチャレンジする者は現れない。

時価総額による企業評価は、企業を買収し、買収した企業をリストラして利益を出し、見せかけの決算を良くするという安易な経営を助長することになり、イノベーションを起こすような企業を生み出すことはない。日本が本気で知的財産立国を目指すのであれば、決算基準を変更するくらいの思いきった政策判断が必要ではないか。日本の企業をあるべき方向へ誘導する日本独自の決算ルールがあってもいいのではないだろうか。


日本の製造業の経営者が口を揃えて嘆く通り、車、デジタル家電、環境技術、アニメ等は、世界最先端のクールな国であるにも関わらず、株価が低い。なぜ株価が低いのか。それは、日本の製造業の先進性と裏腹に日本国自体の社会システムが遅れているからだ。海外の投資家は、日本の旧態依然とした社会システム改革が進行しないことに苛立ちを感じている。哀しいかな、国際競争に曝されている製造業とは裏腹に行政システムを始めとして、行政の庇護の下にあった産業は立ち遅れている。これら産業の改革が進まないことで、日本には将来性がないと判断されてしまっている。

しかし、裏を返せば、財政の健全化も含めた行財政改革さえ、期待通りにやれば、評価が上るということだ。改革を断行する場合、些細な指摘に耳を傾けてはいけない。どんな事柄にも、相容れない部分は存在するのだから、返り血を浴びる覚悟が必要である。

また、マスコミは、株価を意識し過ぎではないか。毎日、株価動向をアナウンスするが、株価の低迷イコール産業全体の低迷ではなく、金融商品価格の低迷と判断すべきだろう。現に日本の金融行政が、買収防衛策等で閉鎖的であるとの理由から、海外の資金が日本に入って来ない。株式市場の低迷によって、直接、製品やサービスの売上や利益が減るわけではないし、売買手数料で儲ける証券会社が損するわけでもない。株価に関心があるのは、株で資産を保有、運用している個人、法人だけである。私は、自社株以外持っていないので、日経平均が暴落しても、痛くも痒くもない。むしろ、昨年末あたりから、紫外線LEDの需要が増えつつある現状に、明るい将来を感じている。

先日、東証1部へ鞍替えしたディーエヌエイの祝賀会があり、投資先のベンチャー企業の経営者10数名で、情報交換する機会があった。同社は、設立6年目にマザーズ上場、その後2年半で東証1部上場を果たした。今期売上290憶円で、利益が126憶円と驚異的な利益を上げ、まだ、その上を目指そうとしている。これぞ、本物のベンチャー企業と言える。世界的にも例を見ないモバイル系ビジネスモデルで、最先端を突っ走っている。こういう企業が、日本からどんどん出てくる環境を整備しなければならない。

今回は、サブプライム問題による株の暴落をきっかけに、思うところを述べさせていただいた。株価より、実態経済の重要性と、それを実現する新しい社会システムの構築が必要だ。

円、ドル、ユーロ紙幣と弊社375nmUV-LEDによる発光の様子

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平成20年2月5日

株の暴落にあたって

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