Chapter 38
先日、日本テクノロジーベンチャーパートナーズ(NTVP)主催のカンファレンスに参加した。数多くVCがある中で、お昼の弁当まで用意して投資家を含む一般の方々にこのような有益な投資先の情報を提供しているVCはない。
このカンファレンスは年に2回、最近は慶応義塾大学と共同で開催され、私は会社の業績が上向きになり始めてから参加を見送ってきた。理由は本業に集中したいということと、当時、景気が急激に悪化する中、業績にどのような影響が出るのか見極めたいという思惑があった。そして、丸1年振りに参加して感じたのは、参加者の顔ぶれがすっかり変わったということである。以前は学生が多く、わが母校でもあるので、先輩経営者としての誇りと後輩に役に立つ情報を提供したいという気持ちを抱いたが、今回は金融機関のサラリーマン風の人が大半を占めていた。ホリエモン事件以降、ベンチャー起業ブームは去り、学生の大企業志向が強まっているのだろう。それは小泉政権下でベンチャー1000社構想をぶち上げ、それを達成したにも関わらず、多くの企業が実質的に倒産し、結果として失敗に終わったという間違った判断に基づいている。ベンチャー企業が育つ環境の前提として多産多死がある。そのような意味では、やっとベンチャーが育つ環境が整ったと言える。また、「起業」は、不景気な時にこそ、活発になることが求められ、また、活発になる筈である。なぜなら、今までなら大企業に就職できる筈のエリート学生が就職できず、また、大企業にリストラされたサラリーマンが再就職できず、何もしない訳に行かないから、親の金や割増退職金を元手に事業を始めるしかないからだ。確かにホリエモンを始め未熟な経営者が粉飾決算等で悪いイメージを社会に与えてしまった側面はあるが、若者が大きな夢を抱いて起業し成功するという活力がなくなってしまえば日本の将来は暗い。日本に限らず、世界的に金儲けを悪いことのように言う風潮がある。これは沢山パンを食べることは、他人のパンを奪うことだという宗教的発想に基づいている。しかし、宗教的に最も恥ずべき行為は、「働かざる者、食うべからず」である。定額給付金が不評なのは、正にこの宗教的価値観に基づいている。貧しい人の視点、豊かな人の視点と、立場によって様々あるが、努力した者が報われる社会作りというのが、最も重要な視点だろう。
私は、他人より才能があり、努力した者が豊かになることは、正常な社会における正常な競争システムだと思う。ノーベル賞は栄誉とともに高額の賞金を提供するし、野球、サッカー、ゴルフ選手が若くして巨万の富を手に入れることができるのは素晴しいことだと思う。だから、ビジネスの分野で、他人より秀でた才能を持った経営者が努力の結果、億万長者になることは当然認められていい。ただ金持ちになりたいという欲求が強いとビジネスでは成功しない。お金は努力の結果として後から付いて来るものだ。村上ファンドの村上氏の「金儲けは悪いことですか?」という質問に答えるとすれば、「金儲けは悪いことではないけれども、金儲けを目的とすれば失敗する」だ。マネーゲームでも儲けようと思えば、かなりの才覚と運を必要とする。製造業やサービス業といった実業で儲けるより成功の確率が低い。また、ギャンブルは雇用や製品、サービスといった成果物を生まず、単なる時の運に過ぎない。製造業に限らず、流通、サービス業においても、流通革命、コスト革命など、イノベーションがなければ成功の確率は低い。今回のパネルディスカッションの冒頭で、インターネット総合研究所の藤原社長も同様にイノベーション(技術革新)の重要性を説いた。
社会は人間の欲が活力の源になっており、この欲をいかにコントロールするかが重要である。現状は、この欲が極端な鬱状態で必要以上に収縮している。従って、早く人々に正常な欲を取り戻させる政策が急務である。今回の大恐慌の意義は、ギャンブルによる繁栄は長続きしないことを世界的規模で証明し、本当の豊かさは物理的なものではなく精神的なものであることを気付かせたことだが、あまり行き過ぎると社会が正常に機能しなくなる。 我々は、世間がギャンブルに明け暮れた9年間をUV-LEDの事業化に費やした。今から振り返ると、いつの間にか9年も経っていたというのが実感で、苦しいと感じたことは何度もあったが、今となってはどれも楽しい思い出だ。人は、将来に対して大きな夢があれば、どんな苦労にも耐えられる。その夢は、起業前は、「億万長者になる」といった他愛もないものだったが、苦労を重ねるうちに、「人並に生活できる」という平凡な夢に変わった。だから、こういった俗っぽい夢を抱くことを否定してはいけない。所詮、人間など愚かな生き物であり、人間同士で殺し合いをするようなデタラメな動物なのだから。小学生の頃、夢は何かと聞かれて、「平凡なサラリーマンになる」と答えるのが流行ったが、流行りは兎に角として、若者が「ノーベル賞を受賞する」「サッカー選手になる」「億万長者になる」という大きな夢を持てるような社会にしなければならない。
今回のカンファレンスで、チャイナウエイの尹社長の日本評が印象に残った。尹氏は、日本語がアジアの共通語になると信じて日本語を勉強し、早稲田大学でMBAを取得した中国人エリートだが、今の日本は、彼が小さいころ憧れた日本とは全く違い、幼稚な政治、元気のない企業、歪んだマスコミ報道その他悪いことばかりが目に付くと指摘した。未だに過去の歴史に目をつぶり、償いもしない愚かさを捨て、今こそアジアの経済危機を救い、過去を清算して改めて尊敬されるに日本にしようではないか。
そのために今何をすべきか?それは、我々一人一人が、国や他人に頼ることをやめ、自らの努力でイノベーションに向けた地道な努力をし、この不況から一刻も早く脱することだ。
平成21年2月4日
NTVPのカンファレンスに参加して感じたこと