Chapter 46
バンクーバーオリンピックが、終わったが、今回は、オリンピックを楽しめた。私は前回トリノオリンピックの記憶がほとんどない。唯一フィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香選手を覚えている。私はイナバウアーを東京、北千住の1泊2500円の一坪部屋のせんべい布団の上で、10インチのブラウン管TVで観た。
たった4年前のこととは思えないが、今にして思えば、当時が経営的には一番厳しい時期だった。東京までの往復は夜行バスを利用し、滞在中は、取引先とできるだけ多くのアポを詰め込み、深夜の帰りのバスまで時間があったので、浜松町の銭湯で時間を潰した。当時の私の年間報酬は、決算を経常黒字にするために返上したので、手取りで180万円だった。年俸180万円以下の労働者をワーキングプアと呼んで社会問題になっていたのも、この頃だが、いずれにしても、この僅かな黒字のお陰で、商工中金からの投資と地元の信用金庫からの短期融資を受けることができ、その半年後に訪れた最大の危機から救った。
ただ、そのような状況においても、電機メーカーと共同で新製品の開発を行い、将来に明るい展望を抱いていたので、悲愴感はなく、今をしのげば、なんとかなると信じて、その時点でできる事を必死にやった。たとえば、それまで国の研究開発助成金を申請することを避けていたが、始めて年間3千万円程度の開発助成を申請して2年間活用した。この開発でUV-LEDの効率が大幅に向上したばかりでなく、運営資金という意味でも大変助かった。この開発助成を、創業当時の資金が潤沢にあった時に利用していたら、成果は上げられなかっただろう。申請した金額よりも少ない金額で、成果目標を達成し、余った予算を修正申告した。これと同じ理屈に従えば、研究開発助成は、不景気にこそ効果的と言える。
我々と同じころに創業した韓国、台湾のベンチャー企業は、この頃、青色LEDの需要拡大で絶好調だった。過去最高の決算を計上し、大規模な設備投資を行った。
これがたった4年前の話である。そのような厳しい状況で、我々は、全ての支出を徹底的に切り詰めて無駄をなくしてきた。当時の私の食事は、朝は、パン1枚にマーガリンと牛乳200ml、お昼は自宅からおにぎり1個と納豆1パックにインスタント味噌汁を持参、夜はレトルト食品と、学生時代よりも粗食となった。独身だから、こういう馬鹿げたことが許されるのだが、ちなみに、危機を乗り越えた今でも健康のために、この食生活を継続している。
その後、UV-LEDの需要は徐々に増えたが、絶好調だった韓国、台湾のベンチャー企業は、リーマンショック以降、売上の激減と無理な設備投資が祟って、大手に買収されるなど、ほとんど姿を消した。
私は、企業が生き残るために重要な要素は、現実を真摯に受け止める誠実さに尽きると実感する。どのような時でも、不正を行うことなく、正面から向き合えば、生かされる。
トヨタ自動車がリコール問題に揺れているが、結局、この事件で、改めてトヨタの堅実さと品質の高さが見直され、評価が一層高まるだろう。日本を代表する航空会社JALと自動車メーカートヨタの違いが日本の2面性を表している。片や労働組合が強力でぬるま湯体質のJAL、片やノルマが厳しく一人で何役もこなさなければならないトヨタ。それぞれが行き着く先は、あまりに違い過ぎる。この差は、個々人の能力の差ではなく、経営力の差だ。同様に優秀な社員でも、経営力で大きく差が開く。企業経営は、英語でmanageではなく、governと表現する。JALの経営がmanageでトヨタがgovern。経営者が絶対的な権限を持たず、労働組合をgovernできなかったのが、破綻の理由だ。
ぬるま湯は企業に限らない。5年前、アメリカ大使館の招きでペンシルバニア州を訪れた時、現地の公務員が、我々を案内してくれたのだが、彼らには営業ノルマがあり、誘致を獲得できないと職を失うと、熱心に案内してくれた。政府もgovernの筈だが、日本は、manageになっている。今のまま行くと、近い将来、PIIGSの後にJが追加されることになる。
フィギュアスケートのキム・ヨナ選手と浅田真央選手を見て、韓国と日本の半導体メーカーを連想した。今や、圧倒的実力で世界を圧倒する韓国勢。そして、その流れは、電機、自動車と確実に日本の足元を脅かしつつある。その強さの根本にあるのは、ハングリー精神。韓国に感じる意地の悪さとも思える凄味は、既に一等国として豊かさを享受している日本には感じられない。
まだ民主党政権に評価を下すのは早すぎるが、ドーピング疑惑の選手に、戦う資格はない。最初から、子供騙しのようなマニフェストが実現するとは思っていないし、それを望んでいない。結局、自らの判断力もなく、前政権の政策の反対を推し進めようすれば、このような馬鹿げた状況になる。前政権の政策を尊重し、悪いところを改めるということでなければ、話は前に進まない。もっと大局的にアジア、そして世界における日本の立場を踏まえて、将来の在るべき姿を描き、それに向けて何をすべきかを説き、governできる政府は現れないのだろうか。
JALでも最後に大きなツケを払わされたのは株主である国民だ。今のまま行けば、国債も紙切れになり兼ねない。このような危機的状況で、エコポイントで買った大型TVでのんびりオリンピック鑑賞している場合ではない。日本国民すべてが、一時的に生活レベルを落とす覚悟が必要だ。衰退する産業と成長する産業の見極めを行い、行政主導で、成長産業を積極的に推進する。従って、残念ながら、衰退産業は、生き残る別の道を探さなければならない。変化に対応できない企業、個人は、淘汰せざるを得ない。厳しい判断だが、癌細胞を切除しなければ、転移が進行して手遅れになる。国民に早く、容態の悪化を告知し、一刻の猶予もならないことを説き、思い切った手術をして欲しい。
平成22年3月1日
4年後のソチで、日本国民が笑って観戦するために