Chapter 16
今、世の中は、ライブドアショックに揺れている。
粉飾決算というのは、企業の経営者なら、誰でもその誘惑に駆られたことがあるのではないだろうか。企業は、業績が良い時もあれば、悪い時もある。それは、努力だけではどうにもならない大きな力に左右される。だから、経営者には、占いに凝る人が少なくない。私も、今はやりの数ちゃんの六星占術で占ってみた。私は天王星人の+で、今年は、幸い「達成」という12年に一度の収穫の年にあたり、今までの苦労が結ばれる年である。
その真偽の程は、今年末には明らかになっていると思うが、今期は、産業向けに出荷の始まった紙幣識別等センサー用途が期待していた程伸びなかった。国内向けは、順調に出荷が始まり安定してきたが、海外向けの大口案件が予想を大幅に下回った。これには、LED業界独特の慣習も影響している。最近、この慣習が、大分理解できるようになった。
LED業界では、製品の引合いに特徴がある。最初、月数10万個というもっともらしい大口の数量で問い合わせが来る。その数量に基いて、見積りを出すと、数量が多いので製品単価は安くなる。ところが実際のオーダーは、その見積り単価のまま、せいぜい数千個の発注ということになる。未だ嘗て客先からの注文が引合い通りに来たことはない。例によってお人好しの我々は、喜んでその引合いをもとに年間事業計画を作成するので、売上計画は膨大な金額に積み上がる。その後、具体的に話が詰まってくると、実際の受注は、10分の1以下という悲惨な結果に終わるのである。客先も、嘘をついている訳ではない。新製品の開発担当者は、製品を具現化するため、社内を説得する材料として、その新製品が、沢山売れるという計画を作成する必要がある。
1年前までは、サンプルの引き合いに留まり、具体的な商談には至らなかったので、それに比べれば大きな進歩だが、我々は、実績を問われる段階に来ている。それで、なんとかアプリケーションの拡大を図ろうとイルミネーション用途の開発を行い、「ライムライトシリーズ」の投入を今年の1月に行った。これも、UV-LEDの出力向上の結果実現した。
「3Dライムライト」と名付けられた製品は、3Dというネーミングが表す通り立体で発光するのが特徴で、蛍光樹脂の球体、立方体が発光するので、従来にない全く新しい光を表現できる。実際に見てみないとイメージはわかり難いと思うが、綺麗に光る。この新商品のサンプルを昨年末から関係者にお披露目し、大変好評だが、市場に認知され、本格的出荷に至るまでには、まだ時間を要すると思われる。従って、今期の売上は、当初の計画を大幅に下回る予側である。
なぜ、今の時期に、このようなことを公表するのかと言うと、ライブドアショックは、我々のように正直に経営を行ってきた企業に対する信頼をも奪ってしまったからである。我々は、創業以来大手監査法人の監査を受け、適正な監査を行ってきた。決算内容は、誉められた内容ではないが、決算を誤魔化して派手に立ち振る舞った未熟なベンチャー企業と、地道に技術開発に専念してきたベンチャー企業を同じにしてもらっては困る。
正直にしていれば業績の赤字が免責されるとは思わないので、この2月から、その経営責任を取る意味で、私を含めて全取締役の役員報酬を0にすることを決定した。これによって役員以下全従業員が一層一致団結して、業績を黒字化していこうという強い意志を示す狙いであり、後ろ向きな姿勢でこのような決断をした訳ではない。正式には、次回の取締役会で決議する内容だが、一日も早く内外に緊張感を持たせる意味で、この場で公表した。これは、できる限りの手段を講じて黒字化するという強い決意の表明である。
紫外線発光ダイオードという画期的製品を世に送り出したという奢りが、負け癖をつけてしまったと反省している。こんな凄い製品は、黙っていても売れるはずだという驕りがなかったとは言えない。今までも、足りない売上を補うために、企業から研究開発を受託したり、海外の企業への特許の使用許諾契約締結によって売上を作り、できる限りの努力をしてきた。ただ、ライブドア事件を契機に、我々も、もっと努力しなければいけないという自責の念が芽生えた。ホリエモンは自分と一体どこが違うだろう。私も、甘い誘惑に負けて決算を誤魔化していたかもしれない。だから、狭い拘置所の中で、まずい飯を食うつもりで、ゼロからやり直す決意を固めた。ホリエモン、ありがとう。
ホリエモンは、ある意味で、今の上場環境の異常さを浮き彫りにした。ライブドアは、偶然にも私が前章で指摘した通り、実体がなくても、決算上黒字の会社を上場させるという歪んだ仕組みを巧妙に利用した。ホームページの制作会社に成長性はないし、利益率が高い訳がない。更に、売りに出されるような業績の悪い会社を次々と買収したゴミ箱のような会社が、連結でよい決算になる筈がない。そんな当たり前のことが、今までわからなかったことの方が不思議だ。たった1枚の決算書という名の紙切れに書かれた1行の数字が黒字になっていればよいという、異常性を誰も認識していないことの方がよっぽど異常だと思う。
ただ、責任の所在は、どこにあるかと言えば、それは、すべて自己責任である。所詮、株はギャンブルだ。ライブドアの株を買ってボロ儲けした人も沢山いる。儲けた人の利益と損した人の損は同額だ。一番正しい解決方法は、儲けた人が損した人に金を戻せばいい。ただ、それはルール上あり得ない。そういうリスクのあるギャンブルであるとプレーヤーが認識するべきだ。常識で考えて、株価が何倍にも跳ね上がるなんてことはあり得ない。だから、その異常性を認識した上で、そのゲームに参加するかどうかを判断すればいい。
自動車のレースを見ても、レギュレーション変更というイカサマが行われるではないか。あるチームが勝ち続けると、レギュレーションを変更して常勝チームが勝てなくすることは、モータースポーツの世界では当たり前のように行われる。これをイカサマと言う人はいないし、むしろ観客は、白熱したバトルを楽しめる。今回の事件も、イカサマプレーヤーの登場で大勢のネット投資家が生まれたではないか。プロレスでも悪役が凶器を持って登場するから観客が興奮するのだ。人間社会において悪は必要なのだ。だからと言って粉飾してもいいと言う意味ではない。それは経営者の倫理観に任せるしかない。日本のように死刑がある国でも殺人事件がなくならないのを見れば、どんな規則を作っても事件を抑止することができないことがわかる。今回の事件を契機に、更に上場基準が、厳しくなることを憂慮している。厳しくするなら、経営者の人格テストでもやったらいいのではないか。その方が事件を減らす効果は大きいと思う。
それは、さておき、来月から、どうやって生活して行くか、悩みの種がまたひとつ増えた。占いは当たるのだろうか。
平成18年2月1日
ライブドア事件にあたって