ナイトライド・ニュース
産学連携の半導体ベンチャーとしてスタートしたナイトライド・セミコンダクター(徳島県鳴門市、村本宜彦社長)は今、紫外線発光ダイオード(LED)の分野で最先端を走る。
村本は法学部出身で理系とは無縁。しかし、弁護士の父が破産管財人として企業の倒産整理に携わる姿を見ているうち、「ビジネスを起こす」という感覚を持つようになる。28歳で広告代理店を立ち上げ、その後、学生時代の知人の誘いでベンチャーを支援する徳島ニュービジネス協議会の初代の事務局長に就任。ここで、徳島大学が開発した技術を事業化する話が舞い込む。
輸液から始まった大塚グループ、LEDの日亜化学工業、一太郎のジャストシステム……。「徳島はベンチャーが育つ土壌がある」と感じた。周囲の応援もあり事務局長を辞め、2000年にナイトライド・セミコンダクターを発足した。
ところが、当初事業化を計画していた窒素ガリウム基板は1年もたたずに頓挫。14億円の資金を集めて華々しくスタートしたが、売り上げはなく、事業化の見通しも立たない。「やっぱりダメでしたでは許されない」。株主からは「社長辞めろ」と迫られる。「詐欺師呼ばわりされたこともある。生きた心地がしなかった」と振り返る。
また、現在の白色LEDは青、黄など別の色を合わせて作った疑似白色だが、「目に見えない紫外線LEDと特殊な蛍光体を組み合わせれば、本物の白色が出せる」。量産化に成功すれば照明用を中心に市場を一変させる可能性を秘めている。紫外線LEDに関しては、世界的に知られる日亜化学工業より「技術的には先を行っている」という自負がある。
設立当初、一流メーカーから高額な報酬でかき集めた博士号を持つ技術者は、意見の対立から全社員退社。従業員は最盛期30人を超えたが、今は10人。しかし、逆境をくぐり抜けた生え抜きの技術者は少数精鋭。ラインはほとんど自動化され、超効率経営が実現した。
地元の金融機関から相手にされず、運転資金を借り入れることもできなかったが、結果的には無借金経営につながった。累積損失は抱えているが、2009年3月期に初めて黒字転換。今期も増収増益を達成する勢いで、今後も金融機関には頼らないつもりだ。
歯に衣(きぬ)着せぬ発言が時に周囲とあつれきを生むが、逆境を糧にするしたたかさもある。反骨の経営者はどん底からの階段を2段飛ばしで駆け上がるつもりだ。
=敬称略