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ナイトライド・ストーリー

Chapter 53

12月8日と言えば、太平洋戦争の火蓋が切られた日だが、ちょうど10年前、鳴門の何もない空き地に杭が打たれ、工場が約4か月後に竣工した。

さて、先日、日刊工業新聞社主催の「第5回モノづくり連携大賞」の表彰式があり、82件の応募の中から日刊工業新聞社賞という栄誉ある賞を頂戴した。昨年の半導体オブ・ザ・イヤー優秀賞に次ぐ朗報である。賞の名称が表す通り、産学官連携によるもの作りを評価するという趣旨であり、弊社の場合は、徳島大学、徳島ニュービジネス協議会(徳島NBC)との連携によるUV-LEDの事業化が評価された。受賞理由は時代を反映している。すなわち、国家、地方財政が逼迫する中、民間のリスクマネーを有効に活用して事業を成功させたことが評価された。

第5回モノづくり連携大賞表彰式

授賞式風景

皆様ご承知の通り、私は徳島NBCの元事務局長であり、そのユニークな活動はNHKのドキュメンタリー番組で「徳島ベンチャー道場」として取り上げられた。詳細は、1章に記述したが、実質的支援を心掛けた。すなわち、一般的に行政の行う支援は、平等を原則とするため、突っ込んだ支援はしないが(最近はするようになった)、私は、各企業の個別具体的な悩みを一緒になって悩み、解決する努力をした。販路開拓、新製品開発、従業員対策等、企業によって悩みは様々だが、経営者は皆同じような問題を抱えていた。結局、これらの問題は、企業自身で解決すべきであり、外部の人間ではどうしようもないというのが、私の達した結論だった。わかり易く言えば、出来の悪い子供に、いくら優秀な家庭教師を付けても、家庭教師が試験を受けるわけではないので、限界があるということだ。そこで、私自身が起業する形で弊社が誕生した。行政の補助金に頼ると経営が甘くなるので、行政に頼らない経営を志向し、地元の方々、更に国内外のベンチャー・キャピタル(VC)からの直接投資を有効に活用した。実際には政府系のVCも含まれているし、工場を建設した際、税制優遇措置も受けているので、行政の支援を全く受けていない訳ではないが、積極的に補助金を申請するということはしなかった。その理由は、民間資金には、大きな責任が伴うので、無駄にできないという緊張感が生まれる。国からの資金も本来そのようにあるべきだが、人間は弱いもので、どうしても甘えが出る。特に、地元の方々に出資していただいたお金は、金額的には僅かだが、大きな緊張感を伴い、毎晩、そのためにうなされた。感覚的には、個人からの50万円は、国からの5千万円を遥かに上回る。学生時代、友人が、親の財布からくすねて来たお金でパチンコすると勝てると言っていたのも同じ理由だが、弊社設立1年後に小泉政権が誕生し、産学連携ベンチャー1千社構想によって、1千社以上のベンチャーが誕生したが、そのほとんどが姿を消した。


99年に開設されたベンチャー企業向け新興株式市場は、創業まもなく上場という米国ITバブルの影響を大きく受けていたため、製品、サービスよりもビジネスモデル重視という、今から考えれば馬鹿げた風潮があった。従って、経営者は、調達した資金で、経営組織作りと就業規則といった形式的な体制作りにこだわり、具体的な製品、サービスは、上場してから整えるというビジネスモデルがまかり通った。結局、この行きつく先は、経営破綻であり、多くの一般投資家が損失を被った。弊社も当初、証券会社、監査法人にコンサル費を払い、大企業から役員を招いた。ただ、技術開発に真剣に取り組み、マネーゲームにだけは手を出さなかった。それが未だに存続する最大の理由と言っていいかもしれない。


先月、VCの主催する慶応義塾大学三田キャンパスでの恒例のカンファレンスがあり、テーマが「創業マネジメントは、なぜ失敗と成功を繰り返すのか」だった。私は、1、常識で物事を判断 2、社員自由放任主義 3、大企業管理職出身役員 4、VCを安心させる経営 5、形だけの組織 6、高学歴社員 7、外部ヒーロー待望 の7つを失敗原因として掲げた。一般的には、ここに掲げた7つは、金融機関担当者が、経営者に対して、こうあるべきと要求する内容だ。しかし、私の10年間の経験からは、逆だ。私が徳島NBCの事務局長時代にお会いした多くの創業経営者も、同じことをおっしゃったし、ユニチャーム創業者高原慶一朗氏に送っていただいた著書「理屈はいつも死んでいる」にも、同様の記述がある。

一方、失敗ではなく、成功の理由を挙げれば、諦めないで、毎日最善を尽くした。具体的には、朝の清掃にはじまり、製品の改良、試作、そして、頼らないと豪語していた行政の補助金も申請し、経済産業省から2年間開発補助を受けた。

当時発表した応用製品の中には、笑ってしまうものもあるが、当時は真剣だった。UV-LEDを使ったイルミネーション「ライムライトシリーズ」は、売れなかったが、UV-LEDの効率がここまで来たというPRには役立った。多くの経営者が似たような話をするのはおもしろい。このカンファレンスの目玉企画、ディエヌエーの南場智子社長が、「詐欺に遭い、運転資金がショートしかかっているような真っ暗闇の中でも、なぜか希望を失わなかった」と語ったのが印象に残った。南場社長ご本人が元経営コンサルタントなので、経営を冷静に分析できた筈だが、「当時のビジネスモデルは、経営コンサル的にも全く認められないものだった」と正直に語った。


ここで私が言いたいのは、成功、失敗を決めるのは、理屈ではないということだ。後から考えれば、赤っ恥のようなことだったかもしれないが、その時の最善を尽くし続けることが次の創意工夫を生むということではないか。理論的に物事を考えれば、そもそも新規事業に挑戦すること自体がナンセンスだし、そのやり方に関しても、後で分析すればもっとうまいやり方はあったに違いない。そもそも失敗とは、成功に向けた努力をやめることを言うのだから、継続している限り失敗ではない。

あまり指摘されることはないが、成功の理由として、ジェームズ.C.コリンズ著ビジョナリー・カンパニーⅡでも、成功した企業では、「すべき事」よりもむしろ「してはならない事」が決められていたとある。当り前だが、粉飾決算から、公私混同、嘘をつく、陰口を叩くといった個人的な行動まで、してはならい事が沢山ある。


私は、自分自身まだ成功したとは思っていないが、昨今の政治のごたごたを見ていると、理論に頼り過ぎ、「してはならい事」に関する違反があまりに多いように感じられる。結局、ビジネスにしても政治にしても、結果が全てである。戦争のような大きな失敗は困るが、言い訳に終始するセコイ失敗ではなく、後で皆が笑い飛ばせる、有意義な失敗をして欲しい。

平成22年12月8日

受賞にあたって失敗を考える

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