Chapter 54
ジュリアン=アサンジと言えば、今最も注目を集める人物だが、星新一の短編小説で、相手の心が読めてしまうストーリーを思い出した。心を込めて贈り物をしても、相手が喜んでくれたかどうかは実際にはわからない。しかし、本心がばらされてしまうと都合が悪いことになる。日本人の特徴は、本音と建前と言われるが、全て本音で対応しなければならない。「つまらない物ですが」を、「素晴らしい物ですが」と言う時代が来るかもしれないというのは冗談だが、そうとも言い切れない。
今までもケネディ暗殺やダイアナ妃の自動車事故を陰謀とするようなゴシップは沢山あった。今後、ウィキリークスは、企業の秘密情報を暴露するらしいが、金融機関ゴールドマン・サックスのCEOがデリバティブ取引で顧客に大きな損失を与えた事件の裁判に提出された社内メールの文章が、裁判や証人喚問の資料として一部の人に公開されるのと、一般公開されるのとでは意味合いは異なる。尖閣諸島の漁船衝突の映像が一般に流出して、菅政権への批判が強まったことを見ればその差は歴然である。
おもしろいと思うのは、世の中が安定している時には、このようなものが出て来ないのに、混沌としてくると、それを煽るかのように次から次へと都合の悪いものが登場する。その理由は、安定している時は、その安定状態を維持しようという力が強く働くので、不都合な事実が表沙汰にされず、万が一、暴露されても、世間が関心を示さないからではないか。
弊社も、会社の経営がうまく行っていなかった当時は、役員、従業員の反乱、乗っ取り、労働問題等、次から次へと都合の悪い問題が発生した。しかし、これらの不都合な事実は、後から冷静になって考えると、企業が成長するために通過しなければならない関門だったとわかる。
当時は、私自身も未熟で、製品開発、製造、営業、下請け、役員、従業員の管理、監督が不十分だった。事件は、それらの抜け穴を突いて起こる。前章で挙げた7つの失敗は、全て自らの未熟さが引き起こした。勘違いして欲しくないのは、大企業出身の役員やVCや高学歴の社員が悪い訳ではないということだ。あくまでも、これから起業する人へのアドバイスとしてわかり易く表現しているのでそのような表現になったが、問題の本質は全て他人に頼ろうとする自分自身の甘えと無能さにあった。
今、世界は急激な情報化の進展に伴って、脱皮すべき試練の時を迎えている。ウィキリークスは、その新しい時代の方向性を示唆している。即ち、従来の議会制民主主義の限界だ。情報が一部の有識者に限られ、国民大多数の知的レベルが低かった時代は、国民の代表が国会で国政にあたるというシステムがふさわしかった。しかし、インターネットによって世界中の情報がタイムラグなしに尚且つ本来出る筈のないトップシークレットまで平等に手に入る時代になって、大多数の国民が国会議員と変わらない情報を持ち、場合によってはより豊富な知識と情報を持ち、国政に強い関心を持つことができるようになった。その結果、多くの国民が自分達の意見を、より政府や行政に反映させたいと思うようになった。ところが、政治家の能力が自分達とあまり変わらないか、むしろ劣るような事実が明るみになって、あんな奴らに国を任せておけないと感じている。
裁判員裁判もそのような時代の要請に応えた先進的システムと言えるが、従来のように特別な知識と経験を持った裁判官が裁判するのではなく、一般の人々が重要な意思決定に参加できる時代への過渡期にある。このシステムに習えば、国会議員も無作為に抽出した国民に日当を払って担ってもらえばいい。
急激な情報化社会の進展は、我々の生活に大きな変化を及ぼしたが、政治、行政のシステムは電報、電話時代と同じというのは無理がある。今後、変化に即した国政、行政システムの構築が求められる。具体的には、国会決議に有権者が賛否を投票したり、コメントを発することができる高度政治情報化システムだ。また、意見代表として機能していた業界団体は、役割を失う。実際、同じ業界内に於いても、必ずしも意見が一致しなくなっており、時代の趨勢に適っている。このシステムは、一票の格差が違憲と判断とされて久しい選挙制度にも活用できる。国会議員は地方毎に選出するのではなく、全国区から国益を考えてふさわしい人を選べばいい。従来のような地方への利益誘導は、国益に合致しなくなっている。
とまあ、こんな時代が来てもおかしくないことを予感させる事件と言える。この10年間、インターネットによって人類の情報化が急激に進歩し、社会構造がそれに追いつかなくなったことが、今の混沌の原因だ。 インターネットは、活版印刷、ラジオ、テレビに次ぐ情報革命と言われるが、ノーベル賞候補に挙がらない理由は、軍事技術として開発されたかららしい。
そもそもダイナマイトで巨万の富を築いたノーベルがインターネットをどう評価するか興味のあるところだが、ジュリアン=アサンジが暗殺されるのか、はたまたノーベル平和賞を受賞なんて時代が来るのか、先のことは誰にもわからない。
平成22年12月16日
ウィキリークスに感じること